曼荼羅アーティストfuuです。

「どうせ私なんて、、、、、」
10年間、描きたい気持ちにフタをして心が壊れかけた元シングルマザーが
1枚の曼荼羅アートから自分を認められるようになり、
作品が人の手に届くアーティストになった嘘みたいな本当のお話です。
毎日の仕事や家事に追われて”本当は何かを表現したい”という気持ちを押し殺している方、
かつての私と同じように”私なんて”が口癖になっている方には、ぜひ読んでいただきたいです。
目次
栃木の大家族の中で育ちました

私のルーツは1977年、栃木県宇都宮市の賑やかな家庭にあります。
おじいちゃんにおばあちゃん、お父さん、お母さん、そして兄弟、愛犬。
7人+1匹の大家族という環境で、私はたくさんの愛情に包まれて育ちました。
でも、そんな賑やかな家の中にいながら、幼い頃の私はかなりの人見知りで、引っ込み思案な子供でした。
自分の思っていることを言葉にするのが、どうしても苦手。
みんなの輪に入りたくても、あと一歩が踏み出せない……。
幼稚園に行きたくなさすぎて、こたつの中に隠れて家族を困らせていました(笑)
そんな私の好きなことは「動物」「ものづくり」でした。
夏にはカエルの大合唱が聞こえるようなのどかな場所に住んでいて
愛犬ペペとの田畑を駆け巡る散歩が楽しいひと時でした。
母曰く、どんな生き物も好き。
カブトムシ、ヤモリ、ベタ(魚です。)、インコ、ハムスター、亀を飼っていたことがあります。

(亀さんは今も一緒に生活しています。)
ものつくりでの思い出は
お父さんが時々買ってきてくれる月刊誌(よいこ、めばえ、小学1年生)の付録にワクワクしていました。
お母さんに連れられて通った手芸教室では、いろんな作品作りを思いきり楽しませてもらいました。
そして、私の心に深く刻まれているのが、大好きだったおじいちゃんの背中です。
家族旅行に行くと、おじいちゃんはいつも静かにスケッチブックを広げて、目の前の景色をサラサラと描き留めていました。
口数は少なかったけれど、描いている背中からは、凛とした情熱が伝わってくる。
「言葉にしなくても、想いは形にできるんだ」
おじいちゃんと絵を描く時間が、今のアーティストとしての私の、一番太い根っこになっています。
アートへの没頭と、大人になるための「封印」

小学生になると、もう完全に少女漫画の世界にどっぷり!
特に『りぼん』が大好きで、キャラクターの模写をたくさんしました。
池野恋先生の『ときめきトゥナイト』にハマりました♡
吸血鬼、魔界・・・ファンタジーなお話に夢中でした。
もともと人見知りで、自分の想いを言葉にするのが苦手だった私。
でも、真っ白な紙に向かっている間だけは、誰にも邪魔されない「自由」を感じられる、最高に幸せな時間でした。
10代の頃、私の心を揺さぶったのはTHE BLUE HEARTSの音楽でした。
「社会のレールに乗らず、もっと自由に生きたい!」 甲本ヒロトさんの魂の叫びに触れ、ロックやアートのような自由な生き方に強く憧れていました。
当時の私にとって、彼らの曲を聴きながら絵を描く時間こそが、言葉にできない想いを解放できる最高の瞬間でした。
あの頃抱いた「自由な表現」への渇望。
それが時を経て、今の曼荼羅アートという活動の確かな原動力になっています。
「やりたい」が「やらなきゃ」に飲み込まれていった日々。
「ずっと、大好きな表現の世界で生きていきたい」 その一心で、大学でも芸術文化を学びました。
美術史や日本画を専攻していました。
夢見がちな生活をしていて、あまり現実的なことを考えずに過ごした大学時代。
いざ「卒業」という出口が見えてきた時、いったい何がしたいんだろう、、、
せっかく学んだことをそのまま仕事にできる場所が、その時はわかりませんでした。
とはいえ、自由に生きる覚悟がなかったのかもしれません。
結局、表現とは関係のないアルバイトや会社員としての道に進んで行きました。
就職後も趣味程度でイラストを描いていましたが、、、
「いつかまた、思いっきり描ける日が来るよね」
自分にそう言い聞かせながらも、生活はどんどん加速していきます。
就職、結婚、そして出産。
目まぐるしく環境が変わる中で、あんなに大切だったペンを持つ時間は、一日、また一日と減っていきました。
いつの間にか私の肩には、「主婦として」「お母さんとして」「社会人として」っていう重たい責任がドサッとのしかかって……。
心の中に灯っていたはずの純粋な「描きたい!」という火は、日々の忙しさに飲み込まれていました。
シングルマザーとしての10年、そして訪れた限界

大きな転機は2013年。
シングルマザーとしての再出発でした。
「子供を育てなきゃ、食べさせなきゃ」と必死で。
小さな子供を抱えながら、とにかく必死に職場復帰したんです。

子供の笑顔に元気をもらいながら
毎朝、鏡の前で「今日も大丈夫、頑張れる」って自分に言い聞かせるのが日課。
福祉の現場は、やりがいもたくさんありました。
利用者さんの笑顔や「ありがとう」の言葉に救われて、「誰かの役に立てているんだ」って実感できる瞬間は、本当に温かかったんです。
時折、ふと思い出したように「THE BLUE HEARTS」のCDを聞くと
「……本当は、この手で絵を描きたいな」
私の気持ちを全力で無視し続けました。
「正社員で、安定したお給料があるんだから。これが『正解』でしょ?」
「子供の将来を考えたら、夢なんて言ってられない。お金が一番大事なんだから」
そうやって「正論」という名の重石を心に乗せて、毎日職場へ向かっていました。
いつの間にか、朝起きると体が鉛みたいに重かったり、心臓がドキドキして苦しくなったり……。
「安定」を守っているはずなのに、私の心と体に違和感を感じていました。
福祉の仕事で大切なことをたくさん教えてもらいました。
ただ、私の中の「描きたい」という火種は、消えるどころかどんどん大きくなっていました。
「私の絵で、誰かの心を癒やしたい」
「必要な人に、私の色を届けたい」
そんな純粋な思いが顔を出すたびに、もう一人の自分が冷たくささやく。
「絵を仕事にするなんて、特別な才能がある人だけでしょ。あなたにそんな勇気あるの?」
自信のなさを「子供のため」「生活のため」っていう言葉で包み隠して、自分を納得させる。
それが、当時の私にできる精一杯の守り方でした。
そんなふうに自分をだましだましやってきて、気づけば10年。
2023年の末、ついにその時が来ました。
「もっと頑張らなきゃ」
「期待に応えなきゃ」
自分でも気づかないうちにアクセルを全開で踏み続けていたみたいです。
自分の心の悲鳴をずっと後回しにしてきたツケが、ある日突然、やってきました。
それは嵐のような激しさじゃなく、しんと静かな限界でした。
ある朝、目が覚めたのに体がどうしても動かない。
布団から起き上がれない。
ただただ、涙が止まりませんでした。
「私の人生、このまま終わっちゃうの……?」
言葉にならない絶望感で、胸がギュッと締め付けられました。
まさに人生のどん底。
今振り返ると、
本当の自分気持ちに気づくための、魂からのメッセージだったんだと、今は心からそう思えます。
曼荼羅アートとの出会い――「無」という名の救い

出口の見えないトンネルの中を、ただ淡々と歩き続けているような毎日でした。
仕事に追われ、家庭を守る責任に自分を後回しにしていた私は、いつしか「自分の色」を失い
心はすり減り、ただただ疲れ果てていたのです。
そんな時、母が手渡してくれた1冊の自律神経失調症について書かれた本。
そこに描かれていた「クスリ絵」が、私の運命を大きく動かしました。
「クスリ絵」は見ているだけで自律神経が整い心が落ち着くというものでした。
その中で、一枚の美しい「クスリ絵」が目に飛び込んできたんです。
それは、温かくて、まるで宇宙のような広がりを感じさせる不思議な光彩。
一瞬で、心を奪われました。
「これを描いてみたい……!」

私の中でクスリ絵→曼荼羅へとつながった瞬間でした。
10年間、心の奥底に無理やり眠らせていた私の感性が、猛烈に目覚め、叫び声を上げた瞬間でした。
もう、考えるより先に体が動いていました。
インターネットで検索すると、曼荼羅アートを描いている方のインスタグラムにたどり着き
松石恭子先生とのご縁につながりました。
美しい曼荼羅アートのファンに。
吸い寄せられるように、体験講座の申し込みをしていました。
当日、松石先生に教わりながら、ペンを握りました。
紙の中心から外側へ、ひとつ、またひとつと模様を広げていく……。
その時の、感動は忘れられません。
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これまで私をあんなに苦しめていた「明日の仕事どうしよう……」っていう不安や
「あの時こうしていれば」っていう過去への後悔。
それが、まるで霧が晴れていくみたいに、スゥーッと消えていったんです。
耳に届くのは、ペンが紙の上を走る、小さな音だけ。
ただ「今、ここ」にある一点にだけ集中して、頭の中がっぽり空っぽになる感覚。
それは、大人になってから一度も味わったことがないような、深い、深い安らぎでした。
描き終えたとき、心がじわーと温かくなったのを覚えています。
「上手く描けた」っていうこと以上に、
「私の中に、こんなに美しいものを生み出せる力があったんだ」って気づけたこと。
そう確信できたとき、ずっと置き去りにしていた自分を、まるごと「これでいいんだよ」と抱きしめてあげられた気がします。
曼荼羅アートとの出会いが、モノクロだった私の世界に、鮮やかな色彩を連れてきてくれたのです。
情熱から確信へ。曼荼羅が繋いでくれた「縁」

曼荼羅アートの力に救われた私は、それから取り憑かれたように、夢中で描き続けました。
机に向かい、ペンを握る。
ただそれだけの時間が、私にとっては何物にも代えがたい
「自分を取り戻す大切な時間」となっていきました。
何よりも驚いたのは、描くことそのものが、心の底から「楽しい」と思えたことです。
これまでの人生、どこか「正解」を求めて、他人の顔色を窺いながら歩んできた私。
けれど曼荼羅の世界には、正しいも間違いもありません。
「どんな色を選んでもいい。どんな形を描いてもいい。すべては私の自由なんだ」
その当たり前のようで、ずっと許されてこなかった「自由な表現」に触れたとき、心に絡まっていた鎖が、パラパラと解けていくような解放感を味わいました。
一度描き始めれば、数時間が一瞬に感じられるほどの深い集中。
あっという間に過ぎていくその時間は、頭の中を埋め尽くしていた「義務」や「役割」から私を解き放ち、ただの「私」に還してくれる、魔法のようなひとときでした。
そうして描き続けていくうちに、自分でもびっくりするような変化が起こり始めたのです。
あんなにトゲトゲしていた毎日が、少しずつ、でも確実に穏やかさを帯びていきました。
職場や家族からも、「なんだか最近、雰囲気が柔らかくなったね」「表情が明るくなった」なんて言われるようになったのです。
自分を認め、ありのままの私を愛おしく思えるようになったことで、私はますます曼荼羅の奥深い世界に引き込まれていきました。
それは単なる「趣味」を通り越して、私の人生を支えてくれる、なくてはならない大切な存在になっていきました。
「この感動を、かつての私と同じように、出口の見えない場所で苦しんでいる誰かに伝えたい!」
その純粋な願いが、私を次なるステージへと押し上げてくれたのです。
その一心で、2025年の10月。
緊張でガタガタ震える手で(笑)
地域のお寺(正光寺さん)とのご縁もあり初めてのワークショップを開くことができました。
初めてのことだらけで
準備は本当に大変だったけれど
参加してくださった皆さんが「無」の境地にどっぷりハマって、最後にはパッと花が咲いたような笑顔で「本当に楽しかった!」「心が軽くなったよ」と言ってくださったとき。
私の胸の中にあった小さな灯火が、揺るぎない「確信」に変わりました。

その後も、正光寺さんで2か月毎にワークショップを開催させていただくというありがたいご縁をいただきました。
これまでに5回のワークショップ(正光寺さん、文具カフェpon-pomさん)を開催し15名以上の方に曼荼羅アートの楽しさをお伝えしてきました。
曼荼羅アートをより深く学ぶ講座(level1~level4)に2名のお申し込みをいただきました。
参加者の3割の方がリピーターとして再受講してくださっています。
さらに2026年の2月、正光寺さん主催、地域の図書館で開催された展示会に参加させていただく機会に恵まれました。
講師として、大切な生徒さんたちの作品と一緒に自分の作品が並んでいる光景を目にしたとき、ただただ嬉しくて、胸がいっぱいになりました。
その時、私の作品の前で足を止めて、じーっと見つめてくださっていた方がいたんです。
その方がふと、私にこうおっしゃいました。
「本当に、素敵な作品ですね」
その一言がきっかけで素敵なご縁がつながり、私の曼荼羅アートを気に入ってくださったその方の元へ、作品を届けることができました。
私の内側からあふれ出したエネルギーが、時間を超えて、それを必要としている誰かの心にちゃんと届いた。
その奇跡みたいな出会いは、今の私がアーティストとして歩き続けるための、何よりの「光」になっています。


図書館での展示会の様子です。
まとめ:あなた本来の美しさに還るために

夢中になって曼荼羅アートを描くことで、私はますます、奥深い世界に引き込まれていきました。
それは単なる趣味を通り越して、私の人生を支えてくれる、なくてはならない大切な存在になっていったのです。
10年間、自分の心にフタをし続けてきた私だからこそ、伝えられることがあります。
「正解」や「常識」に縛られて「表現することをあきらめていた私が」
再び自分を輝かせることができた理由。
それを私は、「心を解放する3つのアプローチ」として大切に届けています。
今の私が、心を込めて届けていきたい「3つのこと」
①「作品を届けること」
私が震えるほど感じた、宇宙の心地よいリズムや美しさ。
それを、ただの絵としてではなく、あなたの心にダイレクトに響くエネルギーとして作品に込めています。
私の作品に触れることで、あなたの内側にある「本来の輝き」が、そっと共鳴し始めるはずです。
②「描く楽しみを共有する」
ただ描く技術を教えるのではありません。
描くことで脳を休め、余計な思考を止めて心を整える。
私がどん底で味わった「あ、私、これでいいんだ」という深い安らぎを分かち合いたい。
「私、愛おしいな」と心から思えるような、世界で一番優しい癒やしの時間を一緒に創り上げます。
③「伝える側へ」を全力で応援すること
「どうせ私なんて……」と諦めていた私が、今、こうしてアーティストとして歩んでいます。
「描くのが楽しい!」を知ったあなたが、いつか「伝える側」として誰かを照らす存在になれるように。
私が10年間の葛藤を経て掴み取った経験と勇気を、すべてお伝えし、あなたの新しい一歩を全力で応援します。
「私なんて……」って自分を閉じ込めてしまうのは、もうおしまいにしませんか?
私が曼荼羅(まんだら)を描いているとき、ふとした瞬間に
まるで宇宙とつながっているような不思議な感覚に包まれることがあります。
一心不乱にペンを動かしていると、雑念が消えて、ただただ自分と向き合う。
それは、驚くほど静かで心地いい、私にとって最高に贅沢な時間です。
曼荼羅アートに込めたエネルギーが、手に取ってくれた方の幸せにつながって、描く人も観る人も、みんなが穏やかでいられる世界。
そんな未来を、私は信じています。
あなたの心も、曼荼羅を描くひとときを通じて、ふんわりと整っていきますように。
まずは最初の一歩として、私が大切にしている「コツ」や「心の整え方」をギュッと詰め込んだ無料講座を準備中です。
あなたの心が、光り輝く曼荼羅みたいに、美しく花開く日を心から楽しみにしています。
【ご案内】心を整え、自分を愛でる第一歩
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